北川~東浦路沿いのみかん畑跡の矢穴石

みかん畑跡矢穴石
北川地区、東浦路沿いのみかん畑跡、石垣に組み込まれた矢穴石。

3月、休みの度に雨に祟られ石丁場探索も小休止状態。
日々暖かくなると様々な生物が出没し、
山中の石丁場はオフシーズンに入ります。

残り少ないオンシーズン、4月に入り早速、石丁場散策なのです。

写真は北川地区、熱川に貫く東浦路沿いのみかん畑跡。
みかん畑造成時の石垣に組み込まれてしまった矢穴石です。
矢穴石というより切り出し途中の母岩なのです。

母岩左側は既に切り取られ、岩体の上部に矢割跡が残されていました。
矢穴幅は大きく、慶長時代の採石跡と思われますが、
周囲の矢穴石の矢穴幅は比較的小さく、採石時代が混在した石丁場となっています。

この矢穴石から南方向の急斜面、尾根に向かって巨大な自然石が点在しているのですが、
採石した痕跡が全くありません。
尾根最上部付近にある巨石を見て納得しました。
この付近の石は脆く、板状にはがれる状態で割れてしまうのです。

約四百年前の石工達、玄人仕事していました。

向山石丁場からの眺望

 

向山石丁場より
向山石丁場隣接のみかん畑最上部からの眺望

今月に入り石丁場探索を予定していた日程がことごとく雨に祟られ、
約3週間ぶりの石丁場探索となりました。

本林石丁場にて一ヶ月前に堆積物と雑草を取り除いた大型矢割石に再会。
雨に洗われた石面は見事なまでに白く、美しい姿を見せてくれました。

また、約4ヶ月前に向山石丁場にて堆積物を取り除いた矢穴石には、
堆積物取り除き時に全く気付かなかった刻印、釘抜紋が確認出来たのです。
更に孟宗竹とシダの生い茂る中、突然現れた大型矢穴石に驚愕。

十回以上探索に入っている石丁場でも未だ新しい発見が続いています。
詳細は東伊豆江戸城築城石石丁場ホームページで。

写真は向山石丁場に隣接するみかん畑最上部から志津摩海岸~藤三払い~池尻海岸~伊豆大島を望んでいます。

国道135号線北川トンネル伊東側出口左側竹林内石丁場

慶長時代の矢穴跡が残る矢割石
慶長時代の矢穴跡が残る矢割石

昨日、国道135号線北川トンネル伊東方面出口左側竹林内を探索しました。
先月末、国道から見える巨石まで潜入しましたが、
僅か数十メートル先に、これほどまで大規模な石丁場が存在するとは思いませんでした。

丁場内は治水のためか水路が造成され、旧国道からの不法投棄による廃棄物が散乱、
朽ちた孟宗竹や堆積物、落石で荒れ放題となっているのです。

伊豆急行線伊豆北川駅改札口付近の石丁場から続く丁場で、
国道で分断されていますが、旧道を横切り、古道・東浦路付近まで丁場が存在したようです。

北川エリアの石丁場は北川駅を中心に、
小規模な丁場が点在すると思われてきましたが、
最近、近隣を探索するにつれ、北川漁港付近に繋がる数本の沢沿いに、
北川エリア全域に達する大規模な石丁場であることが判明してきました。

詳細は東伊豆江戸城築城石石丁場ホームページにて。

本林石丁場 「天端石」切出丁場・・?

本林石丁場大割石
「天端石」採石を思わせる矢穴。

東伊豆町稲取地区、本林石丁場の大割石。
全体を覆っていた堆積物と蔦、雑草を取り除くと見事な矢穴が現れました。
この大割石、静岡県の調査では「角石」切り出し後の残石とされていましたが、
堆積物等の取り除きで現れた「矢穴」は「天端石(城壁最上段に使用される築城石)」採石の丁場跡とではないかと思わせます。

長さ300cm、高さ146cm、幅156cm。
「角石」として加工されても第一級の築城石になったことでしょう。

詳細は東伊豆江戸城築城石石丁場ホームページ

「東伊豆江戸城築城石BLOG」開設です。

東伊豆江戸城築城石石丁場ページのブログを開設しました。
石丁場探索のTOPICSを随時情報アップ致します。

20160221hokkawa_blog01

写真は、
下田方向に南下する国道135号線、北川トンネル手前山側(右手側)竹藪に見える巨石です。国道から見える巨石は4~5mほどですが、実際には最下部から10m近い大岩であることが判明、周囲は巨大転石群であることが確認出来ました。

巨石の中には矢穴、矢割跡があり築城石採石の石丁場で、伊豆急行線伊豆北川駅改札口付近の石丁場から連続する大規模な丁場跡であることが窺われます。

現在は国道135号線によって分断されていますが、旧国道からの潜入により周辺の沢や傾斜面に巨大な岩が点在していることが確認出来たのです。堆積物や不法投棄の廃棄物、朽ちた竹や蔦で全体像を把握することが困難ですが、しっかりした調査の実施で新たな発見が期待出来る石丁場の一つであると思われます。