コンクリート舗装路より僅か約10mの位置、 大型矢割跡を残す築城石切出し残石が姿を現します。 矢割跡は大きく慶長九年、徳川家康による江戸の町づくりと 江戸城大改修の公儀普請が発令された直後に切り出された石材ではないかと思われます。