付近の石材に残る矢穴跡は、今まで様々な石丁場で見てきた石材に刻まれた矢穴跡と比べると最大級の幅を持っています。
置いてみた軍手(Lサイズ)の幅とほぼ同じ矢穴幅です。
同サイズの矢穴幅を持つ石材が点在する石丁場の一つとして、
有馬玄蕃頭豊氏の代表紋、釘抜紋が多数確認される東伊豆町稲取の本林石丁場があります。
隣接する中張窪石丁場では有馬玄蕃頭豊氏の担当丁場を表す銘文刻印が確認されているのです。
同サイズの矢穴幅を持つ石材と同じ大名家を表す痕跡は偶然の一致でしょうか・・?
今回探索した白子・地獄沢石丁場は、
国の史跡に指定された中張窪石丁場と隣接し、双方合わせると西伊豆戸田の石丁場群、東伊豆大川の谷戸山石丁場群、
伊東の御石ヶ沢石丁場群に匹敵する大石丁場を形成しています。